高橋 信一
(1917〜1986)

 高橋信一は画家として多彩な創作活動を展開した。
 版画を主に油彩、水彩、パステル、コラージュそして彫塑に至さまざまな表現手段を用いている。
 しかし、版画は専ら木版で押し通した。「欧米の版画に比べ日本の版画には、版が木であることによる刀の切れ味の鋭さ、紙と墨の色に独特の感じと深さがあり、これが大きな魅力だ。」といって、表現の可能性を果敢に追求し、様々な技法に挑戦した。
 「私は果報者だ。じつによい人々に恵まれている。ありがたいと思う。私が家を留守にしないかぎり、365日かならずだれかが訪ねてくれる。既知の人、未知の人さまざまで、人と会っていると齢をとるひまがない。」
 私が子どものころ、芸人とか、もの書きとか、絵かきとかは「ろくなもんにならん」と軽蔑された。
 生産に結びつかないものは認められず、汗して働く功利的、実利的なものが重視された。 その直接食うことに結びつかない道楽者のする絵に、私が足を踏み入れたのは小学校の低学年。 私にはそういう土壌がそなわっていた。ふりかえると隔世の感がある。

 教師となり、その絵を指導することになった。生徒の情熱を私の情熱として取り組んできた。それが昭和39年、版画集『佐渡』として出版された。高校生だけの作品集としては異例の反響を呼んだ。日本はおろか海外にまで知られるところになり、これを契機にヨーロッパへ招かれ指導や講義もしてきた。正直、井の中の私に勇気を自信を与えてくれた。
 以来、私は私を育ててくれた「佐渡」を大事にしなければならぬとおもうようになった。これが佐渡を版画の島にと考えるきっかけとなった。


                                  版画村作品集より抜粋


 

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